思考の詳細

SNSでは説明しづらい詳細について書きます。

週末

ドローンはメーカーサポートで復活し、今のところ快調に飛んでいる。

卓球は会社クラブの月一の練習に出て、普段勝ち越しを目指している中、今日は5勝1敗と快調だった。

今、家に帰って、昔よく聞いたオフコースのアルバム“I LOVE YOU”を聞いている。

1982年だ。高校3年生の時のリリースである。

この後、浪人していた時によく聞いていた。思い出が詰まったアルバムだ。

それにしても、今聞いても完成度が高いと思う。

こんなメロディは他ではないと思えるくらいだ。目の前で音符が踊っているようだ。

ということで、最近いろんなことが順調だ。

これも家族等、サポートのお陰だろう。

 

その音楽が終わった。

とてつもない静寂が訪れた。

ここは一応都会のはずだが、静かな住宅地という感じで物音一つしない。

 

明日も9時から卓球にいって、1時には練習が終わる。

またドローンを飛ばしにいこう。

 

 

ドローン復活!

今年の元旦に買ったドローンHS160。

不器用かつ、マニュアル読まない、直感的自分にとって、なかなかの難物であった。

結局、学習したことは「ドローンはステップ・バイ・ステップでやること」だ。

一度に同時に立ち上げて、結局上手くいかないというのは難易度が上がるほど経験してきたことだ。

でも「三つ子の魂百まで」、やらかす事はそう変わらない。

 

正月にドローンが工場の屋根に飛び去って、屋根に登って回収したことは既報の通り。

そのあと、いろんなところにぶつかっている内、4つあるどこかのプロペラの推進力が足りないのか、飛び立たなくなった。

 

メーカーのHolyStone社にメールすると、Lineで優しく対応してくれた。

日本語はややたどたどしいが、こちらがちゃんと頭を働かせ、冷静に聞いてみれば、向こうの言っていることが正しいことがわかる。

 

昨日ブログに書いたように、届いた中古ドローンをバラした。この中古ドローンは、初期不良でメーカーに返品されたものだ。

「このドローンは右脚のプロペラがまわりませんでした」と伝えると、「ではこうして、だめだったらここを分解して状況をおしえてください」と言われて、結果を報告した。

実は、メカをここまで触るというのは、実はほとんど始めてだ(工学部出身だが(汗))。

 

で、Lineの返事が待ちきれない僕は、いただいた中古ドローンをバラしてその部品を

自分のドローンに移した。具体的には、左前脚と左後脚のプロペラ部分を移した。

 

ややドキドキしながら操作をすると、、飛んだ!

買った時と同様、垂直に上に飛んだ。

やはり、プロペラ部分のギアが摩耗していて、モーターのギアとの噛み合わせが悪くなって、推進力が出ず、結局飛べなかったのだ。

 

HolyStone社のサポートはほんとうに素晴らしい、というか、凄い。

実際、無償のモーターを最初送ってくれて、そのあと不良品のドローンまで無償で送ってくれた。

 

いいメーカーはサポートが素晴らしい。

今使っているブルートゥースキーボードのリュウド社も然りだ。

 

今日もあっという間に寝る時間となった。

スッキリと寝れそうだ。

 

 

ネット時代を味わう

「インターネット(ネット)の時代」。言い古された言葉かもしれないが、日常生活においてインターネットの恩恵は計り知れない。

 

今日も感じたことを紹介したい。

 

昨日、家のパソコンが急にネットに繋がらなくなった。

PCはwindows10で、バックアップ用の外付けハードディスクを認識しなくなったので、クリーンブートと言われる、最小限の機能にして再起動をかけた。すると、その後ネットに繋がらなくなった。

Win10の設定から行っても、家の無線LANを認識しない。色々試行錯誤しながら1時間、2時間と時間が無駄にすぎてゆく。

 

物は相談と、Windowsコミュニティーに投稿した。

すると、投稿した翌日の今日、メールで回答をもらった。

マイクロソフトの職員なのか、なんとかエージェントとか言う女性で、応対もプロっぽく、優しかった。

 

その通りやったら一発で直った!

クリーンブートする前の設定に戻しただけだ。

自分だと何時間もかかっても解決できないことが、ネットで相談したら瞬時に直った。

これもネット社会の典型と思った。

 

もう一つは、今はまっているドローンだ。

今、左前脚のギアの噛み合いが悪くて、なかなかうまく飛び立てない。

下のギアを変えたりするのに、メーカーのサポート担当がLineでやりとりしてくれた。

ただ日本人ではないみたいで日本語がやや不自由だ。メーカー所在地の台湾あたりから対応しているんだろう。

発言内容ははっきりしていて、こっちが冷静なら言い回しを取っ払えば十分咀嚼できる。

最初無償のスペアモーターを送ってくれて、それでもトラブルが続くと、なんと

中古の同じドローンを送ってくれた。

パッケージを開くと、このドローンは欠陥品とのサービスタグが貼られている。一度初期不良で回収した商品なんだろう。多分、このドローンのパーツを使って、自分のを直すことになるんだろうと思う。

 

昨日夕方相談して、この中古の到着がアマゾンで今日。

やや狐につままれた気分だ。

この応対の速さもネットならでは。距離と時間の感覚が確実に変わってきている。

ということで、興奮すらかんじてしまうネットでのやりとりを経験すると、改めて「ネット時代」の真っ只中にいる事を感じる。

 

興奮のアドレナリンがよく出るこの頃。やや出過ぎと思わなくもないが、いいとしよう。

持つべきものは友!

ようやく東京に戻ってきた。

両親、兄弟、叔父さん、卓球仲間、中学の同級生、今回多くの人と交わった。

エピソードはいくつかあったが、今日はまず一つ紹介したい。

 

1月1日にアマゾンで買ったドローンが届いた。

1万円程度のチープなものだが、アマゾンで評判が良さそうなので買った。

何で買ったかというと、元々ドローン撮影とか興味があったし、インターネット技術をつかった物、いわゆるIoTの一例を体感したかったからだ。

 

開梱して、すぐに飛ばせた。ただ、操作が難しくて8畳の部屋でドローンは各所に激突した。

操作スティックの動きと、ドローンの動きがどうも違っていてスティック操作は困難だった。

 

しばらくやってみて理由がわかった。

なんと、ドローンの前方を認識していなかったのだ。カメラのついている方が前方だった。

自撮りしようとしていたので、カメラが後方を向いており、前後の操作がスティックの動きと逆になっていた。

 

こうして室内でうまく飛ばせるようになったので、屋外に出た。

屋外の撮影もできた。初のドローン空撮だ。

これは、感激した。ドローンから送られた録画映像をみると、普段見れない視点で、自分が見たような感覚になる。

 

もう日が落ちていたが、もっと広いところでやろうと思って、近くの公園に移動した。

電池がなくなると嫌だったので、スペアの電池まで持っていった。

公園で飛ばすと、確かに電池がなくてドローンは低いところから飛び立たなかった。

 

電池を変えて、飛ばした。するとぐーんと垂直に上がった。7ー8メーターは上がったろう。

レバーは感情が入って、上げフルスロットルだ。空高く上がった。

 

すると、風に煽られて、東南に飛んで行った。

ヤバイ、と思った。このドローンは50メートルを超えると制御不能となる。

もう、小さくなっていった。工場が公園の横にあり、その上を通るのを見送った。

目は多分、半分泪で潤んでいたと思う。

 

自分で反省の弁をブツブツいいながら、落ちてないか探した。

工場の周りを丹念に探した。日が落ちてきて見えなくなってきたし、人の敷地内は入れないので、諦めて家に帰った。家で家族に説明、雰囲気が一瞬重くなった。工場の屋根は、工場の許可がないといけない。そもそも工場の屋根に行く方法があるのか?その工場の屋根は昔ながらのノコギリ風の形の屋根だ。工場の人を話すのやだな、とか雨が降ったらドローンは死ぬな、とか考えながら、重い心で寝た。

 

さて、翌朝、いい塩梅に晴れた。

父親も前の晩考えてくれて、はしごを持って屋根をみてみようと言ってくれた。

工場は事務所を覗いたが休みだったので仕方なく、はしごをかけて屋根をみることにした。

落ちている可能性のあるノコギリ屋根は2ー3箇所だ。

最初の箇所にはしごをかけたが、最上まで登って、なんとか顔が屋根の上に覗く程度だった。

みた。でも、ドローンは見当たらなかった。またノコギリ屋根の下には側溝があるが、そこに落ちていたら見えない。

 

下からは実家の皆が出てきて、早く降りろ、危ないと叫んでいる。

うるさく言われる方が危ない、と思ったりしたが仕方がない。

もう一つの箇所を見ようとしたが、はしごの下に集まった家族の猛反対にあった。

はしごから落ちて脊髄損傷で半身付随になったらどうするとか、話が大げさになってきた。

で、諦め、一旦家に帰った。

 

でもモヤモヤ感は当然とれない。落ちてるかもしれないと思って、最終確認に現場に戻った。

実家は僕がはしごを持ち出していないので、平静だった。

 

まず、落ちてる箇所は幼なじみの家なので、一昨日たまたまあったし幼なじみに事情を話した。

すると、家の2階から工場の天井をみてくれた。

「ない」という。

その間、僕はドローンが落ちていないか庭の中や、植木を探していた。

すると「裏にきてみて」とその友人が言う。

裏には彼の店の事務所があって、その2階からみると、なんと、昨日見損なった箇所の屋根に黒いドローンらしき物体があった。

「あれだ〜!!」相当、間抜けな声を出したと思う。

 

次にどうやって登るかだ。

その家には、昨日使ったものより高いはしごを探したが、ない。

では、実家から昨日使ったものを持ってこようとした。

あれは短いので、はしごから屋根へ移る時と戻るときがとっても危ない。

すると、その友人が、工場の西側に非常階段のような鉄はしごがついているので、そこから登って屋根つたいに行くのはどうかと言った。ただ、ノコギリ屋根の工場の棟まで繋がっているかわからないという。

 

ともかく、その鉄はしごを登った。

(ちなみに、工場は休みだったので、誰もいなかった)

屋根に出た。これでノコギリ屋根の棟までいければ、ドローンを回収できる。

繋がっていた。

ドローンを無事回収できた。

戻って、友に満面の笑みで手を振った。友人も喜んでくれた。

 

確かに、自分だけだったら、ドローンを発見できても短いはしごで怪我をした可能性もある。

友人がいたから、ドローンを発見でき、しかも安全に回収できた。

 

あいもかわらず、小さい時から助けてもらった気がする。

持つべきものは友。

それを痛感した。

 

 

 

 

 

年末年始、帰省中

早いもので、28日に帰省してあっという間に大晦日になった。

恒例の実家に帰省だが、両親や同居している弟夫婦が一緒なので賑やかだ。

つかの間の一人の時間なので、コーヒーを挿れて寛ぎながらブログを書いている。

実家は海のものも豊富だし、畑でみかんとか大根とかも取れる。

山小屋でいい空気を吸い、かといって周りは何もないわけではなく、ショッピングモールが車で30分以内に5ー6もあるから買い物の不便はない。

何不自由ない生活質だ。たしかに幸福の都市ランキングで上位にくるのもわかる。

 

60歳までは子供の学費等で身動きはとれないだろうが、そのあとの生活はそろそろ考えなければいけないのかもしれない。ただ、今のところ仕事も忙しく、休みもこんな感じでエンジョイしているので、先の事を考える気がしないのが正直なところだ。過去を悔やまず、将来を憂えず、今を楽しむということでいいのかもしれない。

まだ、休みは続く。

 

明日は元旦、また忘れないように元旦の計を考えよう。

 

1日早く休みと取るべきか

そういえば、毎年の仕事納めの日、最近ほとんど休暇を取っていた。

昨年もたしか12月26日から休みをとったものの、部下から電話やらメールをもらい対応に苦慮した。

なので、今年は、中途半端にせず片付けて休もうと思っていた。

 

とはいえ、人間は弱いもの。

仕事納めよりも1日早く、つまり今日から休みを取ろうとし、実際休暇を取得していた。

ロジカルに仕事の進捗を考えれば、今日から休みをとって大丈夫なはずだ。

でも、昨日の夜、帰りの電車の中で30分考えた。

まず、今日から休んだ場合、年末年始の休みに気がかりがつきまとう可能性がある。

次に、年明けの出だしで1ー2日はロスする可能性がある。

さらに、納会があり、そこで色んな人に会える。

ということで、結局今日会社に行った。

「これって休日出勤か」と思ったが、大体有給休暇は余るので1日有給を無駄にしても怪我はない。

 

結果は良かった。

仕事を今年やるべきところまでできた。

1日を使って、今年の仕事をまとめられた。

そして納会では実に多くの人と会えた。

 

翻って、なぜそんなに悩んだろうと考えた。

最大の理由は、少しでも早く実家で早くくつろいで、美味しい料理を食べたかったからだ。

そして1日ずれると、帰った日の夜卓球の練習がある。忙しない。

ただ、いずれも大した理由ではない。

 

人、僕は特にそうかもしれないが、そこに焦点をしぼると、そこの達成のみに目が行って、全体のバランスが見えなくなる時がある。

 

「部分を見る」、「全体を見る」、もちろん対極的なことだ。

流行りの「オブジェクト(目的)思考」だと「部分を見る」ことになりがちで、メリットは目的意識で集中できるのだが、デメリットは全体を見れなくなることかもしれない。

 

このように個人的に1日早く休みをとるかどうかという小さな論点は、悩んだ分教訓を学べた気がする。

 

友人からのクリスマスカード

今年もアメリカの友人夫婦からクリスマスカードがきいた。

いつもセンスがいいカードで、アメリカのクリスマスの雰囲気を思い出す。

 

確か2000年くらいだったか。ロス近郊のアーバインで、12月出張となり仕事が延びて下手すると年越しをしそうで焦っていた。

街はクリスマス一色で、空港では高校生がクワイヤとなってクリスマスソングを合唱していた。

家には生まれたばかりの子供がいた。

何とか仕事を調整し、クリスマスイブに帰国した。

1メートルはある特大のミッキーマウスを土産に持って帰った。

 

その友人からのクリスマスカードをもらうと、なぜかそのアメリカのクリスマスの雰囲気を思い出す。

その友人は仕事のパートナーで、とても元気で紳士だった。

英国のジェントルマンらしくフェアで、ぼくが間違いをしても、ニコニコ笑っていた。

ちょうど親父を同じ年だった。

彼には子供がいなかった。多分、半分息子のような感じで可愛がってくれてたんだろう。

彼との仕事はうまくいき、名パートナーシップと言われた。

 

クリスマスカードにはいつも詳細な夫婦の一年が書いてある。

今年も何気なく読んでいたら、なんとその彼が癌になったらしい。

もう転移して治療の余地はなく、痛みを和らげるくらいだとのこと。

ただ、本人はまだ元気で来年にはアジアに来たいといっているらしい。

 

心が沈んだ。

まさに沈むという感じで、鉛の塊を飲んだ感じがした。

何も言葉が出なかった。

人生は、色々あるが、親戚や友人の死別はとても辛い。

ともかく、今年もクリスマスカードを送り、そして一言添えたいと思っている。

痛みなく、人生を全うすることを祈るのみだ。

 

自分の人生も悔いなく生きないといけない。

将来の留保はなく、1日、1日を悔いなく精一杯やることだ。

それしかないと思う。